ぴよぴよぴよ日記
アフリカ行きを決めた私から、身近な人を中心に、その時々で私のしていること、思うことが伝わったらいいな。と思ってのブログです。
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1周旅行してきました
8月14日から25日まで 1周の旅をしてきました。
同期や先輩の家を転々とし、外国人があまり出入りしていない地域の人々の優しさに癒され、この国がなんだか好きになれた旅でした。

同期が体調を壊して入院してしまったため、同じ仕事をしている先輩とほぼ2人の旅行でしたが、途中参加もあり、また受け入れてくれたみんなとの交流も楽しく、ほぼ毎日平均4時間くらいの移動で大変でしたが、よいたびでした。

旅の山場は2つ。

ひとつはバケルという この国でいう西の果て。モーリタニアとの国境にあり、要塞や丘の上の家からの眺めは本当に素敵でした。
本当にこの景色を、日本のみんなに見せたいと思いました。
景色もよかったですが、それとともに、ひたむきに、素朴に働く人の姿になんだかいつも怒ってばかりの自分をちょっと反省したりもしました。日本にはきっともう残り少ない何かを持っている尊敬できる人たちに出会えたと思いました。任地の人たちにも少し優しく出来る気がします。

もうひとつの山場は、ウロソギという町までの移動。つらいつらいと聞いていたけど、ホントに辛かった。朝ポドールという北の町を出て、役1時間。タレジでの乗換えでは、お前達は交通費を倍払え!といわれ続け、なかなかバスにのせてもらえず、ヒッチハイクも妨害され。私達を助けようとしてくれた人たちはバシバシ叩かれる始末。やっと3割り増し(くらい?)料金で乗れたのはカールという各駅停車?の、のろーい、ぼろーい乗り物。9時間かけてウロソギ到着。でも、ウロソギの人々は本当に優しかったんだよ。どこにでも、いい人と悪い人がいるもので、できればいい人が上に立っている社会で生きたいなぁ と思ったのでした。

旅に出る前にたまたまお父さんとちょっと長電話して、携帯に定期がはいったー。とか日本情報を聞きつつ。なんかちょっとつかれてたお父さんの声に、日本の自分を思い出してしまい、日本に居るときはたくさんの事に振り回されるように過ごしてたけど、今は本当に自由で、日本ではちっとも見えてこなかった自分自身がここにいたら、みえてくる気がする。 なんて思った後の、1周旅行。

自然と向き合う事って本当に大事で心がのびのびして、こういう機会を持つことが少なすぎたな とか思ったり。

ああ私って1人で生きていけるようになろうとか、これっぽっちも思いついたことなかったなとか。

誰かが、いろんな人がそばにいてくれたほうが、人生はきっと豊になるけど、自分を支えるのはやっぱり自分なんだよね。とか。

ちょっと自分の恋愛を振り返ってみたりとか。

たくさん考えた良いたびでした。

わたしとちょっと似てて、でも激しく違う旅の友は、よき話し相手。
足して2で割れたらいいのにねー。なんておもったりしました。

※あ、写真忘れちゃったのでまた今度。ごめんごめん。


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嬉しいことだ
どうやら4姉妹の教え子に5人目の妹か弟ができちゃったかもらしい。
おめでたい!

一番上のお姉ちゃんは、やはり思い出深い、先生1年目の教え子で、私が幼稚園をやめるといったときに、わんわん泣いてくれて、「ひろこ先生と一緒にこの幼稚園の先生になりたかったのにー」の殺し文句。さらに卒園式で渡してくれたお手紙では、「ずっとずっと私たちきょうだいの先生でいてください」と書いてくれた彼女。さらに弟か妹なんて素敵な話。ネットがつながるってステキだわ

こっちにきてから、従兄弟3組の結婚。友達2組の結婚。従兄弟夫婦のオメデタ。素敵な話題がちょっぴり私を幸せにしてくれます。

みんなおめでとー!遠くからこっそり祝ってます。

そしてもうひとつ、短大時代の一生つきあっていきたい友達から久々のメール。セネガルからだと、なぜか携帯には電話がかけれないので話したくても話せないけど。昔から変わらない、優しいけれど目の前の課題を見てできることからちゃんと手をつけていける君を信じてます。励ましをありがとう。いろんな懐かしいことを思い出してネットカフェでうっかり泣くところでした。パソコンのアドレス教えろー。

最近さだまさしの「風に立つライオン」を聞いたりしてみてます。
私はさしずめ「風に立つ こりす」くらいなもんですが、なんか目をつむって聞きたくなります。 訓練所で聞いたときは、古くてなんか恥ずかしくなる感じでしたが、今はなんか素直に聞いちゃいます。
時間があるので
バカンスで時間があるので、来年のバカンスは日本に帰って何をするかによって、がっつり勉強をはじめたいなぁ。なんて気の早いことを思い立ち、ぐだぐだ残りの20代の過ごし方について考えてみる今日この頃。

友達に聞いたりして、いくつかの候補があがりました。
私を良く知るみなさま。どの案に賛成?

1)帰ってすぐ大きい幼稚園の主任クラスの就職先を探し、通信教育で1種免許を取り、後継者のいない園の雇われ園長になるチャンスがあればなってみる。
(一生現場にちかいところにいるかんじ。それはそれでありかな?。経験も生かせるし)

2)帰ったら、派遣会社で事務など勉強して会社経験をつんでみたりしつつ、通信で小学校教諭の免許をとり、仕事をやめて勉強して小学校の先生になってみる。
(いかにもハードそうなお仕事だけど、収入も安定するし、一生続けたいと思えたらラッキー。20代の最後のひと頑張りで、その後1)プランにスライドするにも良いキャリアになる。)

3)帰ったら派遣会社で働きつつ、英語、フランス語に磨きをかけ、秘書業務を学び、なぜか今から秘書になってみる。
(人をマネジメントする仕事は意外と好きだ。語学をもうちょっとどうにかし、ここから会社で働ける人間になってみるのも悪くない。)

4)同じく派遣会社で働きつつ、コンサルのようなちょっと専門的な会社員になろうと、必要があれば大学とか行きなおしちゃって、勉強してみる。
(何になりたいのかどんなお仕事なのか、今から間に合うのか、さっぱり分からないけど、組織をまわすってことなんか面白いと思う。ほんとに働いてる人に怒られそうですが。。。)

5)英語とフランス語に磨きをかけ、年齢制限のゆるい、海外へっぽこ航空会社のスッチーをめざしてみる。
(これはかなり意外な提案だったけど、飽きっぽい私には日本ともう一つの国を行き来することとかおもしろそう。体力に問題あり?語学をいかせるけど将来性は。。。パイロットに見初められればなんか一石二鳥?)

6)幼児教育をきわめて、先生になったり専門家になったりする。
(大学とか、海外の大学院とかいってみる。だからどうなるってもんでもないんだけど)

新しいアイデアも募集中。

私には、子どもしかないもんだと思ってたけど、
最近子どもから離れてみたら?といわれる事が多い。
自分もそう思うときがある。

どんな私になるのやら。
まだまだ何かが出来ると思ってる夢見るお年頃なようです。
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